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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)318号 判決 1965年11月26日

理由

《証拠》を綜合すれば、次の事実を認定することができる。

訴外藪本福太郎と被控訴人とは昭和一六、七年頃からの知り合いで、終戦前はともに伊都郡高野口町において大阪福助足袋株式会社の下請工場を営んでいた。終戦後、被控訴人はパイル織物の生産販売業に転換して大いに成功し高野口町において一、二を争う資産家となり、現に妙中パイル織物株式会社の代表取締役の地位にある(この点は当事者間に争ない。)一方、藪本は、終戦後もしばらく右福助足袋の下請を継続し、その後アメリカの中古衣料品の縫製事業に転じたが、昭和二八年五月経営に失敗して内整理をするのやむなきに至つた。藪本は、同年九月頃工場を再開し、従前どおりアメリカ中古繊維品を再生修理して堺市の上田敷物に納入する仕事をするようになつたが、被控訴人は、藪本に対し同人が上田敷物に預託する保証金に充てるための一〇万円を貸与し、藪本が他から取得する商業手形に保証の意味で裏書してやる等金融面で相当の援助を与えたほか、内整理前の旧債の債権者の追及をかわす意味で商号に被控訴人の姓を冠することを許し、妙中縫製工場と名のらせていた(しかし、被控訴人が右工場につき営業資金や建物賃料を負担したり、工場印を所持してその業務を指導監督した事実はない。)。このようにして、藪本は「妙中」縫製工場を経営して来たが、人口僅か八千位の高野口町のこととて、右工場が藪本の経営であることは周知の事実であつた。再起後二年ほどは経営も好調であつたが、そのうち旧債の債権者への支払も拒みきれなくなり、設備拡張に資金の必要を生じたうえ、取引先の倒産もあつて資金繰りが苦しくなつた。そこで、藪本は、はじめは、訴外川島渉から受取つた融通手形を商業手形と詐つて被控訴人方に持参しその裏書を受けて金融機関で割り引き当面を糊塗したりしていたが、昭和三二年六月頃からは、知人や一部の金融機関から妙中縫製工場藪本福太郎振出の約束手形により資金を借り受けるようになつた。もちろん、右約束手形だけでは誰も貸付に応じないので、被控訴人の印章を印判屋に作らせ、これを用いて前記川島振出の融通手形の裏面に被控訴人名義の裏書を偽造し、これを前記自己振出の約束手形の担保として添付するという方法をとつた。この方法による資金の借入については右融通手形の成立について事情を知らない藪本の学校友達壺井喜久がその衝に当つたが、控訴人もまた右壺井の仲介で昭和三二年六月から藪本に金融するようになつた。控訴人は高野口町において被控訴人と匹敵する地位にある織物業者である訴外宮本豊之進の妻であるが、右壺井から藪本への融資を歎願され、前述したような妙中縫製工場藪本福太郎振出の約束手形に担保として川島渉振出、被控訴人第一裏書(偽造)、藪本福太郎第二裏書の約束手形を添えて受取るという方法で藪本に貸付をしたもので、貸付金の利率は月四分であり、貸付高には時により増減があつたが最終の貸付元金額は四八万六、〇〇〇円である。甲第一号証の一、二の約束手形は、昭和三二年八月末頃藪本から壺井を通じ控訴人に差し入れられた右のような担保手形にほかならない。しかしながら、藪本の努力にもかかわらず、資金繰りはますます悪化し、昭和三二年九月下旬同人は万策尽きて工場を放棄し高野口町から姿を消すにいたつたものである。しかして、藪本の右再度の倒産当時甲第一号証の一、二同様の被控訴人名義の偽造裏書の存する担保手形が控訴人以外の債権者四名に対し差し入れられており、その数は合計九枚に達していた。そのため、藪本は昭和三三年二月有価証券虚偽記入罪等により懲役一年六月三年間執行猶予の刑に処せられるにいたつた。(反証排斥・省略)

右認定の事実関係に基づき、控訴人の主張を逐次判断する。控訴人は、まず、被控訴人経営の妙中縫製工場の支配人たる藪本が同工場の営業資金に使用すると称して控訴人に金借方を申し入れ、被控訴人名義の偽造裏書ある約束手形と引替に控訴人から四八万六、〇〇〇円の交付を受け、よつて、控訴人に対し同額の損害を加えたから、使用者たる被控訴人において右損害を賠償する義務があると主張する。

しかしながら、右に認定したように妙中縫製工場は藪本福太郎の経営に係るものであつて、被控訴人の経営に係るものではないのであり、藪本は被控訴人の支配人ではないから、被控訴人に対し藪本の不法行為に基づく使用者責任を追求する控訴人の右主張はすでにこの点において失当であるといわなければならない。

控訴人は、藪本が妙中縫製工場の事業経営上手形取引について被控訴人の保証書をもつていたから商法四二条の表見支配人に該当し被控訴人の被用者と同一の関係にあるものとみなされる結果、被控訴人は、藪本の不法行為につき使用者責任を負う旨主張する。しかしながら、商法四二条は、その立言自体から明白なように被用者であつて本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附されたものはこれをその本店又は支店の支配人と同一の権限を有するものとみなすというのであつて、雇用関係にあるものについての規定であるところ、藪本が被控訴人の被用者でないことは前記のとおりであるから、同人につき商法四二条を適用する余地はなく、控訴人の主張はすでにこの点において失当であるといわなければならない。

次に、控訴人は、訴外藪本は被控訴人の代理人として控訴人から本件貸付を受けたものであり、被控訴人から代理権を与えられていなかつたが民法一〇九条又は同一一〇条所定の事由があるから、被控訴人は右法条によつて本人としての責任を負う旨主張する。しかし、さきに認定したとおり、藪本は控訴人から本件貸付を受けるにあたり被控訴人の代理人として行動したものではなく、仲介人たる壺井をして自己が借主であることを控訴人に対し明らかにしていたものであり、ただ自己振出の約束手形の担保手形として被控訴人名義の裏書(偽造である。)のある約束手形を控訴人に差入れていたというにすぎないのであるから、この点において、すでに民法一〇九条又は同一一〇条の規定を適用するに由なく、控訴人の右主張は排斥を免れないものである。

次に、控訴人は、藪本は被控訴人から代理権を与えられていないのに代理人として甲第一号証の一、二の約束手形の第一裏書欄に被控訴人名義の裏書をしたものであるから、手形法八条により右約束手形の第一裏書人として控訴人に対し右約束手形金の償還義務を負担するところ被控訴人は自己の氏を使用して営業をなすことを藪本に許諾していたから、被控訴人は商法二三条により右約束手形金償還債務につきその責に任ずべきであると主張する。しかしながら、さきに認定したところから明らかなように藪本は甲第一号証の一、二の約束手形の第一裏書欄に被控訴人の代理人として署名したのではなく、直接被控訴人名義の裏書を偽造したものである。従つて、右裏書について手形法八条の規定を適用する余地はなくその適用あることを前提とする控訴人の主張は失当であるといわなければならない。

最後に、控訴人は、本件消費貸借における借主が被控訴人でなく藪本であつたとすれば、藪本において本件借受金を支払う義務があるところ、同人は被控訴人の許諾を得て妙中縫製工場の商号を用いて衣料品の賃加工業を営んでおり、同工場使用の封筒には被控訴人方設置の高野口三一番の電話番号が記載されていたほか控訴人が当審において主張する種々の事情が存したため、控訴人は藪本を被控訴人ないし右工場の営業主と誤認し、甲第一号証の一、二の約束手形の被控訴人名義の裏書を真正なものと信じ藪本に貸付をしたものであるから、被控訴人は商法二三条にいわゆる自己の氏を使用して営業をなすことを藪本に許諾したものとして本件貸金の返還債務につきその責に任ずべきものであると主張する。

しかしながら、商法二三条の規定によれば、名板借人と取引した者が同条の規定により、右取引により生じた債務の弁済を名板貸人に対して請求し得るためには、右取引に際し名板貸人を営業主なりと誤認することを要するものであるところ、本件においてはさきに認定したところから明かなように控訴人が妙中縫製工場の営業主を被控訴人であると誤認して本件貸付をなしたものであるとは認められない。けだし、藪本と控訴人との間を仲介した訴外壺井は、資金の借受を希望しているのは藪本であることを明らかにし、かつ、妙中縫製工場藪本福太郎振出の約束手形により本件金員の貸付を受けたものであつて、被控訴人名義の裏書(偽造)ある甲第一号証の一、二の約束手形はたんに右藪本福太郎振出手形の担保手形として差し入れられたものにすぎず、しかも右被控訴人名義の裏書に続けて藪本福太郎の第二裏書がなされていたのである(なお、甲第一号証の一、二の約束手形の被控訴人の裏書には妙中縫製工場なる肩書の記載があるが、前記証拠によると右肩書は藪本や壺井が記載したものではなく、控訴人以外の債権者の手中にある同種担保手形における被控訴人名義の偽造裏書にはかかる肩書の記載なきことが認められるので、右肩書は甲第一号証の一、二を控訴人が取得した後何人かが記載したものと推認される。)し、また妙中縫製工場が藪本の経営にかかることは前記のように高野口町の人々の間に周知の事実であつて、特段の事情の認められない本件において織物業者である控訴人の夫宮本豊之進や控訴人においてこれを知らなかつたとは考えられないからである。してみると、控訴人の右名板貸の主張はこの点においてすでに失当であつて、排斥を免れないものである。

以上説示のとおりであるから、控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れず、これと同旨に出た原判決は相当である。

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